『ビアス短篇集』アンブローズ・ビアス

ビアス短篇集 (岩波文庫)

ビアス短篇集 (岩波文庫)

やばい、すごい! この人、絶対に頭おかしいよ!!
全15篇のうち最初の10篇は、――芥川の『藪の中』のもとネタとして楽しめる「月明かりの道」、極限状況下――自室への蛇の侵入、瓦礫の下で目の前に装填された銃口がある――に置かれた男たちの切迫した心理が見事に描かれてる「男と蛇」「行方不明者のひとり」、怪奇幻想趣味溢れた戦場の中を少年が探検するという悪趣味さが楽しい「チカモーガの戦場で」を除いて――読まなくてもいいです。とにかく、最後の5篇。どれもブラックジョークが行き過ぎて、ほとんど異世界です。
「猫の船荷」は、実におもしろおかしいトール・ストーリー、なのはいいとして。タイトルからして素晴らしい「ぼくの快心の殺人」においてはまだ、裁判の大袈裟な戯画化で済んでいたものが、ラスト3篇については善悪の概念など全く無いように、犯罪行為が行われ語られていて、もう頭狂いそう。ブラックジョーク、では済まされないくらいの価値観の崩壊、といったらいいか。とにかく、一読の価値があります。
しかし、この人、あの新聞王ハーストと同時代ってだけでなく、その経営する新聞の専任記者だったのね。『悪魔の辞典』の著者が、「イエロー・ジャーナリズム」のハーストと割に懇意だったというのは、なんとも皮肉な話。

評価:A−