『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』J・L・ボルヘス,A・B=カサーレス

ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件

ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件

ボルヘスだと思って身構えて読んでいたら、いつまで経っても、どこまでいっても、真っ当な探偵小説なので受け取り方に戸惑ってしまった。しかし、偏見を取り去ってみると、これがまあ実によく出来ているという当たり前の事実に気付かされる。
とにかく、上手い。物語は、探偵役たる獄中のドン・イシドロに対して、事件の関係者が一方的に事情を説明していく、という形式、いわゆるアームチェア・ディテクティブというやつ。
この供述時における個々人の、意見、物事の捉え方、描写の仕方によって、そのキャラクターがどんな人物なのか、が明確に示されていることに驚く。己が非を認めないばかりかそれに気付きすらしない人のいい舞台俳優、装飾溢れる言葉を駆使し人を辟易とさせている奇行で知られる詩人、慇懃無礼にも程がある卑屈な中国人、などなど一癖ある魅力的なキャラクターが、本当にそれだけで実に活き活きと描写されているのだ。普段、ライトノベルとかでよく見られる語尾や変な口癖だけでしか差異化を計れてないような物を多く読んでいる身としては、本当に驚いてしまった。
もちろん、実際のトリックに関してはジャンルプロパーの作家には及んではいないが、本当に実力のある人間はどんなものでも書けてしまうのだなあ、とちょっと感動した。こういうのを、作家体力がある、というのだろうか。でも、個人的には期待していたものと違っていたから、ちょっと食い足りなかったかな。
評価:B−