『夏と冬の奏鳴曲』麻耶雄嵩

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

夏と冬の奏鳴曲(ソナタ) (講談社文庫)

いじめっ子という意味では、こっちの方がよっぽどひどい。


長い上に全体の殆どが退屈。それでも、面白かったといえる。それは、本作がある種の逆転現象を起こしているから。
ミステリーにおいて、さまざまな道具立ては全て論理の美しさに奉仕するもの、という意識がある*1。例えば、わらべ歌による見立て。或いは、謎めいた妖しい館。そうした全て、それらがただの飾りであることを、全く不満に思わない人は少ないだろう、と思う*2
しかし、この作品において主客は転倒している。詳しくは語らないが、犯人の動機が明らかになるとき、今まで思い込んでいたことが全くの間違いだったことに気付かされる(犯人の「意外さ」もそこに含めてもいいけどw、まあそれは措いておく)。そして、迎える衝撃のラスト*3。ことここに至って、私たちは愕然とするしかない。いや、呆気に取られる、が正しいか。むしろ、怒り出すべきなのかも。
結局、これはアイデンティティに関しての物語だったのだ、と結論付けたい誘惑に駆られるけれど、きっとそんなしかつめらしいものでもないだろうな。キュビズムに関するペダントリーも異様な舞台設定も、全てラストのどんでん返しのため、という気がする。
結局、落し所はわりと無難だった『翼ある闇』よりも、これくらいぶっ飛んでいた方が私としては好み。他の麻耶作品にも手を出してみるかな。
評価:B−

*1:もちろん、全てにおいて例外は存在している。言うまでもなく

*2:ここで、人とは何事につけても意味を付与したがる生き物である、と一席ぶってみるテスト

*3:素晴らしく陳腐な言いまわしだ(苦笑