『氷菓』米澤穂信

氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

あー、これはすごい。すごいという言葉が全く似つかわしくないけれど、ある意味、ライトノベルにおけるミステリーの方向性として極めて正しい、という気がする。
ミステリーが、点へと収束していく物語といったのは誰だったっけ。ともかく、ミステリーが「謎が提示され、それが解かれる」、ただその一点にのみ奉仕するストイックなジャンルであることは、(全面的にではなくとも)納得はしてもらえると思う。古びた洋館や絶海の孤島といったおどろおどろしい舞台設定や、怪談めいた伝説や謎めいたわらべ歌、そうした魅力的なガジェット全てが謎を構成する一要因でしかないことがほとんどなのだから、そのストイックさは推して知るべし、である。
しかし、「点へと収束」とか言っても、それは何も論理の鮮やかさだけを目的としている、という意味ではないわけで(たぶん)。
日常の謎」、なんて呼ばれるジャンル(?)がある。ミステリーには付き物の殺人事件ではなく、日常にありそうな不思議、ちょっとした「はてな?」を扱う、というのがその特徴で、あくまで「日常」なので、取り上げられる謎は、どれも些細で他愛のないものばかりなわけです。けれど、話自体が些細で他愛のない、なんてことはない。含む毒で言えば、普通のミステリーより余程きついものだって少なくない。
そして、ここに「日常の謎」系の作品の面白さがある、と思う。確かに不思議だけれど、ほんの些細な出来事でしかなかったことが、解かれることによって生々しい感情が込められていたことがわかる。大袈裟に言えば、今まで見えていた世界がぐるりと変わってしまう。それは何もこうした作品の専売特許というわけじゃなく、推理小説全般に言えることなんだけれど、やっぱり切実さが違うわけで。

さて、前置きが長くなってしまった。『氷菓』の話である。
「省エネ」がモットーの高校生、折木奉太郎は、姉の勧め(脅迫?)に従って、伝統ある(けれど、現在は弱小の)古典部に入ることとなる。てっきり自分ひとりだと思っていた奉太郎、しかし部室へ行ってみるとそこには先客がいた。彼女の名は千反田える。楚々とした外見に相違して、目の前に不思議なことがあると気に仕方がなくなってしまう好奇心旺盛な少女だった。彼女の登場によって、奉太郎の平穏だったはずの高校生活は、のっけから乱されてしまうハメになって、というのが大体の粗筋。
本作は基本的には連作短編の形式を取っている。謎自体は、まあ大したことはないものばかりで、そこに期待し過ぎると少し拍子抜けしてしまうかも。しかし、メインの謎となる古典部会報「氷菓」、その題名に託された意味が明らかになるとき、今まで見えていた世界が色を変える。青臭くて、ちょっぴりこっ恥ずしかった物語が、青春という言葉と切り離せない痛々しさへと、ガラリと変わってしまうのだ。その鮮やかさといったら!
そして、それを彩るキャラクターたちも(主要登場人物が4人しかいないんだから当たり前かもしれないけれど)そつなく書き分けられていて、妙に安心する。
小粒な印象はどうしても感じてしまうけれど、青春物として実にいい出来。やっぱり、突飛な設定持ち込むより、こういう正統派な作りのほうがいいと思うんだけどな。大勢は揺らがないんでしょうな。創元に身を移したのも、むべなるかな。
しかし、無駄に長くなってしまったな。しかも、内容薄いし。最後まで何かあると思って読んだ人、ごめんなさい。
評価:C+