『語り手の事情』酒見賢一

語り手の事情 (文春文庫)

語り手の事情 (文春文庫)

官能を連想させるものなら、机の脚までも隠す、清廉潔癖なヴィクトリア時代大英帝国。語り手たる私の居る邸宅には、日ごと様々な妄想を抱えた殿方がいらっしゃいます。抱える悩みは、童貞喪失、性倒錯、性奴隷の調教などなど、妖しげなものばかり。さて、今宵はどんな性の饗宴が繰り広げられるのでしょうか……?


一言で言うと、「ミもフタもない話」。
それは、微に入り細を穿つ性描写*1はもちろんのこととして、それ以上に“語り手”の存在によって、そうした印象を持たされます。
特に三人称により記述された作品において、「それが誰の視点なのか」という問題は、常に孕んでいるものです。それに対する解答は、いわゆる神の視点だったり、或いは実質上の一人称だったり、とまあアプローチは色々ではありますが、この作品においては全く別。そうした不自然さを逆手にとって、あらかじめ“語り手”が存在することを自明のこととして話が進められます。言ってみれば、楽屋オチですね。実際、ヴィクトリア時代には存在しないはずの知識を(そうと断って)“語り手”は披露していますし。
「どこにもいない」ということは、「どこにでもいる」ということなのだ。
そんな傍観者であった彼女(or彼)が、“登場人物”の場へと引っ張り出されるのが4章以降だったりするのですが……まあ、ネタばらしはこの辺にしておきましょう。
あ、でも一つだけ言っておきたい。233ページの展開は吃驚。いろいろと驚愕です。
というわけで、さらっと読める割にワザありな作品で、大変美味しゅうございました。


さて、余談。この作品、プリーストの『魔法 (ハヤカワ文庫FT)』にこの設定は通ずるものがある気がします。案外、あの終盤の展開にポカーンだった貴方にオススメ……なのかもしれません*2
評価:B

*1:といっても、分析的に描かれているので淫靡な感じはしても卑猥な感じはしませんが。

*2:などと読了直後思っていたら、作者あとがきで「恋愛小説」ですと断言されてしまった(苦笑)