『依存 (幻冬舎文庫)』西澤保彦

依存 (幻冬舎文庫)

依存 (幻冬舎文庫)

傑作。でも、だからこそこの作品の魅力を言語化できる気がしない。

いや、それは未知の生物でも何でもない。まぎれもなく、もうひとりの自分。いや、ちがう。ちがうちがう。そうじゃない。もうひとりの自分なんていやしない。いてくれればさぞ楽だろう。この忌まわしい罪ゆえの惨めさ。それらを全部引き受けてくれるもうひとりの自分、そんな都合のいい分身がいてくれたら。

安規大学に通う千暁ら仲間七人は白井教授宅に招かれ、そこで初めて教授が最近、長年連れ添った妻と離婚し、再婚したことを知る。新妻はまだ三十代で若々しく妖しい魅力をたたえていた。彼女を見て千暁は青ざめた。「あの人は、ぼくの実の母なんだ。ぼくには彼女に殺された双子の兄がいた」
構成を誉めることは、出来る。互いに無関係な事件が「愛情と束縛」というテーマを浮き彫りにしていくという手法は感嘆するばかりで、ひとつ間違えば散漫な印象になりそうなところそれを感じさせないところも感心するほかない。推理過程の強引さをけなすことも、出来る。「九マイルは遠過ぎる」ばりの仮説に仮説を重ねた推理は、いくらなんでももう少し他人を信頼してみようよ、と思わず心配したくなるほど。しかし、そんな小手先の部分をどうこう言ったところで始まらない。それだけの物語としての力が、この作品にはある。『彼女が死んだ夜』、『仔羊たちの聖夜』、『スコッチ・ゲーム』と積み重ねてきたそのすべてが昇華されるとき――タックが母親から自由になるラスト、胸に起こるのは感動なんて思考停止した安直な言葉で表してはいけない、表せない感情。それは、今回の語り部たるウサコ(また、今までマスコット以上として描写されてこなかった彼女の、その内心ではどう感じていたのか明かされ、感情移入させられる点も上手い)によぎる思いと同じものだろう。これだけ重く苦しみに充ちた物語が最後に迎える快晴の青空のように爽やかな結末は、少し切なくてそれでもやっぱり暖かくて。本当に素晴らしい、大傑作。
評価:A