『平井骸惚此中ニ有リ』田代裕彦

最後にライトノベルを読んだのはいつのことだッたか。久しぶりに読んだライトノベルは、えらくするすると読めてしまッたのでして。

御一新は昔話の種になり。
明治天皇崩御とて一昔。
早いもので、大正の御代も十と二年。
陽はぽかぽか、蝶もふらふら、桜舞い散る春うらら。
眠り人は暁知らずの四月も終わりのことでございます。

こんな言葉で幕を開けるが本作、大正浪漫溢るる探偵小説『平井骸惚此中ニ有リ (富士見ミステリー文庫)』でございます。見てお解りになりますように、この作品、地の文がなンと謂いますか講談調。一見とッつき難くありますが、なかなかどうして読みやすく、そればかりか癖になッていく始末。時折「〜でありまして。」「〜で。」が続いてしまう詰めの甘さは散見されまするが、いや、処女作にそこまで求めては酷と言う物でございましょう。
さて、物語の舞台はかの≪大乱歩≫が未だ駈け出し、処女作『二銭銅貨』を出したばかりの大正12年。主人公たる〈書生っぽ〉、河上太一君が、心酔したる新進気鋭の探偵小説家、平井骸惚先生に弟子入りを頼み込みますところから、物語の幕が開きます。骸惚先生の奥方、澄夫人の取成しもありまして、どうにかこうにか居候の身分となった太一君でありましたが、先生には弟子とはされず、先生の御息嬢、涼嬢には目の敵とされてしまう始末。しかし、そこはお調子者の太一君のこと、あまり思い悩む性分でないことも幸いしまして、次第に打ち解けていくのでございました。
そんな折、舞い込んできたのが先生の知人、池谷是人先生自殺の報。後日、先生から話を聞いていた太一君、先生がふと洩らした、「池谷先生は自殺などしていない」との言葉に吃驚仰天。警察に報せたンですか、と詰め寄る彼氏に、先生返すは「誰にも言うつもりはない」等と言うつれない返事。いきり立った太一君、なればと事件解決に乗り出しますが、はてさてどうなりますことやら……。
ミステリ色の薄い富士見ミステリーの中にありまして、本作はなかなかの正統派。なればこそ、肝心要のトリックが、なンとも小粒感溢るるものなのは些か残念ではございます。犯人がすぐに見当ついてしまうのは、まァ、ご愛嬌と言う物でしょう。
而して一方、この物語を支える布陣は存外、陳腐と言いますか王道と言いますか。ツボを押さえていてなかなかの物でございます。偏屈ですが奥方には頭の上がらない骸惚先生、如何にも良妻賢母然とした澄夫人、外見は≪はいからさん≫*1中身はお転婆で跳ねッ返りの涼嬢、太一君を“兄様”*2と言ッて慕う病弱気味な涼嬢の妹の溌子嬢*3、そしてお調子者で帝大生らしからぬ河上太一君。勿論、最初はつんけんしていた涼嬢が、段々と態度を軟化するというお約束も押さえてありまして。
総合的に見ますと、佳作と言ッたところが妥当でございましょうか。ただ、老婆心ながら、この風変わりな語り口を捨てた時、どうなッてしまうのか些か心配ではございます。*4

*1:束髪くずしのお下げ髪・大きな茜色のリボン・薄紅色の着物に海老茶の袴・編み上げブーツといった扮装

*2:ルビは“あにさま”←ポイント

*3:作中では「発」の部分が「發」で表記されています

*4:大した作品でないのに、どうしてこう労力を割くか>自分orz